「犬の歯が折れているように見える」
「犬歯の向きが急に変わった」
「ぶつけたあとから歯がおかしい」
このような場合、歯そのものが折れる歯の破折だけでなく、歯が歯槽骨からずれたり抜けかかったりする歯牙脱臼が起きていることがあります。今回は、歯が折れたことを疑って来院し、検査の結果、上顎犬歯の歯牙脱臼と診断した5歳のミニチュア・シュナウザーの治療例をご紹介します。
「歯が折れた?」と思って受診
症例は5歳2か月、ミニチュア・シュナウザーの女の子です。
同居犬との喧嘩の後に上顎犬歯の異常が認められ、「歯が折れてしまったのではないか」ということで歯科を受診しました。
犬の歯の外傷では、見た目だけで状態を判断することはできません。
歯冠が欠ける破折だけでなく、強い力によって歯を支えている歯周組織が損傷し、歯そのものが本来の位置から動いてしまうことがあります。
今回も診察を行った結果、歯の破折ではなく上顎犬歯の歯牙脱臼と診断し麻酔下での検査及び整復を行いました。

犬の「歯牙脱臼」とは?
歯牙脱臼とは、外から強い力が加わることで、歯を支えている歯根膜や歯槽骨などが損傷し、歯が正常な位置からずれてしまった状態です。
完全に歯が抜けてしまう「脱落」とは異なり、歯が口の中に残ったまま位置だけが変化することもあります。
そのため、
- 歯が長くなったように見える
- 歯の向きが変わっている
- 歯がグラグラする
- 歯肉から出血している
- 噛み合わせが突然変わった
といった変化がみられることがあります。
一見すると「歯が折れた」と感じることもあるため、外傷後に歯の位置や向きがおかしい場合には、破折と脱臼の両方を考える必要があります。
脱臼した犬歯を元の位置へ整復
今回の症例では、脱臼した上顎犬歯を可能な限り温存するため、全身麻酔下で歯牙脱臼整復を行いました。
脱臼した歯を本来の位置へ戻し、治癒するまで動かないように固定します。
また、脱臼によって歯の周囲の組織も損傷していたため、歯周組織に対する処置も併せて実施しました。
治療後は、整復した歯に強い力が加わらないよう、一定期間は食事をやわらかくしてもらいました。

歯を元に戻せば治療終了、ではありません
歯牙脱臼で重要なのは、見た目が元に戻ったあとも経過観察が必要という点です。
脱臼すると、歯の内部にある「歯髄」へ血液を送っている血管や神経が損傷することがあります。
その結果、整復直後には問題がなくても、時間が経ってから歯髄が壊死する可能性があります。
歯髄が壊死した場合には、歯を残すために根管治療(歯内治療)が必要になることがあります。
今回の症例でも、治療後の段階では歯髄炎や歯髄壊死の可能性を考え、将来的に根管治療が必要になる可能性について事前にご説明しました。
約2か月後、歯髄の状態を再評価
整復から約2か月後、全身麻酔下で歯科レントゲン検査を含めた再評価を行いました。
当初は歯髄へのダメージが懸念されていましたが、再検査では歯髄炎や歯髄壊死を示す明らかな異常は認められませんでした。
固定装置を撤去し、この時点では根管治療を行わずに経過観察としました。
「脱臼した歯=必ず抜歯」「必ず根管治療」というわけではありません。
外傷の程度や受傷から治療までの時間、歯根の状態、歯周組織の損傷などを評価しながら、その歯を残せる可能性を検討していきます。

犬の歯の外傷は、早めの受診が大切です
犬の歯の外傷では、見た目だけでは
「歯が折れているのか」
「歯が脱臼しているのか」
「歯の内部まで損傷しているのか」
を判断できないことがあります。
また、犬は歯にトラブルがあっても普段通り食事をすることがあり、痛みが分かりにくいケースも少なくありません。
歯の向きが突然変わった、歯がグラグラする、歯肉から出血している、歯が折れたように見えるといった変化に気づいた場合には、できるだけ早く動物病院で確認してもらうことをおすすめします。
特に歯牙脱臼では、早期に状態を評価することで歯を温存できる可能性があります。
まとめ
今回は、歯が折れたことを疑って受診し、上顎犬歯の歯牙脱臼と診断したミニチュア・シュナウザーの治療例をご紹介しました。
脱臼した犬歯を整復・固定し、約2か月後に再評価したところ、幸い歯髄に明らかな異常は認められず、根管治療を行わずに歯を残すことができました。
犬の歯の外傷は、「折れていないから大丈夫」とは限りません。
歯の位置や向きが変わっていること自体が、歯を支える組織に大きな力が加わったサインです。
外傷後に歯の見た目がおかしいと感じた場合には、破折だけでなく歯牙脱臼の可能性も考え、早めに口腔内と歯科レントゲンで状態を確認することが大切です。