【皮膚】レーザーでアロペシアXを治療?

こんにちは。東京動物皮膚科センターの馬場です。
今回はアロペシアXにおいて当院で実施しているレーザー治療のお話を詳しめに解説してみます。
少し長いですが、いま注目されている治療法のひとつなので、よかったら読んでみてください。

アロペシアXとはどんな病気?

アロペシアX(脱毛症X)は、主に犬で見られる原因不明の非炎症性脱毛症です。特にポメラニアンで有名で、「ポメラニアン脱毛症」や「偽クッシング症候群」と呼ばれることもあります。特徴として、かゆみや炎症がなく、頭部や四肢末端の毛は残る一方で、首から下の体幹部の毛が対称的に抜け落ちてしまいます。皮膚は次第に黒ずんで色素沈着(いわゆる「黒皮症」)を起こすことが多く、残った被毛も乾燥してごわついた状態になります。この脱毛症は見た目の問題(美容上の問題)ではありますが、基本的に犬の健康状態には影響しないと考えられています。ただし皮膚に毛が無い分、紫外線の影響を受けやすく長い目で見ると皮膚トラブルのリスクが高まる可能性も指摘されています。

好発犬種と発症のメカニズム

アロペシアXは特定の犬種に好発することが知られています。小型犬ではポメラニアンのほかトイ・プードルやパピヨンで多く報告されており、またシベリアンハスキーやサモエド、アラスカンマラミュートなど被毛の豊富な北方系の犬種にも見られます。発症年齢は若齢〜壮年期に多く、オスに多い傾向が指摘されることもあります。

原因は完全には解明されていません。ホルモンの受容体異常など内分泌的な要因や遺伝的素因が関与すると考えられていますが、はっきりした原因は不明です。実際、近年の報告ではアロペシアXのポメラニアンからクローン犬を作製したところ、そのクローン犬も同様に脱毛症Xを発症した例があり、遺伝的背景の関与が示唆されています。この病気は別名「毛周期停止」とも言われるように毛の生え替わるサイクル(毛周期)が途中で止まってしまうことが原因と考えられています。毛包(毛根)は萎縮して休止期(成長をやめた状態)に留まり、新しい毛が生えてこなくなるのです。組織学的にも炎症所見はなく、毛包の休止期優位・委縮が確認されます。このため外見上は毛がどんどん抜け落ちますが、ワンちゃん自身は痒みも痛みも感じないのが救いです。

なお、診断にあたっては他の脱毛症との鑑別が重要です。特にクッシング症候群(副腎皮質機能亢進症)や甲状腺機能低下症など、ホルモン異常による脱毛症が類似の分布で起こるため、それらを血液検査等で除外する必要があります。確定診断には皮膚生検(組織検査)で毛包の形態異常や毛周期停止を確認する方法もありますが、侵襲的なため臨床症状と除外診断で総合的に判断されることが多いです。

アロペシアXの症状と経過

見た目の症状は、首から胴体にかけて被毛が徐々に薄くなり、最終的に無毛となることです。初期には首周りや太ももの裏側などの下毛(アンダーコート)から抜け始め、進行すると胴体全体の被毛が失われます。頭と足先の毛は残るため、いわゆる「ライオンカット」のような外観になることがあります。また皮膚が黒ずんでくる黒色被毛形成異常(黒皮症)もしばしば見られます。しかし不思議なことに、皮膚に軽い外傷を受けた部分では毛が再生するという現象も知られています。これは皮膚を傷つけることで局所的に毛周期が刺激されるためと考えられ、治療として意図的に皮膚に微小なダメージを与える「マイクロニードル療法」が有効だったとの報告もあります。

アロペシアX自体は前述の通り健康に大きな害を及ぼす病気ではありませんが、見た目の問題から飼い主様にとって心配な状態です。また毛が無い皮膚は乾燥しやすく被毛による保護もないため、直射日光や寒冷から守ってあげる必要があるでしょう。洋服を着せたり日差しの強い時間帯の散歩を控えるなど、皮膚を保護する工夫をお勧めします。

アロペシアXの治療法:何が試されてきたか

現在、アロペシアXに対する確立された治療法はありません。しかし美容上の問題であるとはいえ「毛を生やしてあげたい」という要望は強く、これまで様々なアプローチが試みられてきました。代表的な治療選択肢として以下のようなものがあります:

  • 去勢手術(避妊去勢):未去勢のオスであれば去勢によりホルモンバランスが変化し、発毛が促されるケースがあります。
  • メラトニン投与:睡眠ホルモンとして知られるメラトニンは、動物の発毛や毛色にも影響を与える物質です。犬のアロペシアXでも3~6mg程度のメラトニンを毎日内服させる治療が行われることがあり、副作用が少ない割に一定の発毛効果が報告されています。
  • ホルモン療法:副腎皮質ホルモンを抑制するトリロスタンやミトタン、あるいは性ホルモン製剤(メチルテストステロンやメドロキシプロゲステロン)、GnRHアナログのデスロレリンなど、ホルモンバランスを調節する薬剤の投与例も報告されています。ただし副作用のリスクもあり、効果もまちまちです。
  • 物理的刺激:皮膚に小さな針で穴を開けるマイクロニードル療法(針治療)で、休止期に留まった毛包に刺激を与えて発毛を促す方法があります。実際、マイクロニードルで顕著に発毛した症例報告もあり注目されています。
  • サプリメント:ビオチン(ビタミンH)や亜鉛、アミノ酸など皮膚・被毛の健康をサポートする各種サプリメントの投与も補助的に用いられます。当院独自のサプリメント療法などを組み合わせるケースもあります。

以上のように、「これさえやれば治る」という決定打はないものの、複数の治療を組み合わせたり根気強く続けることで毛が生えてくる子も少なくありません。実際、ある皮膚科専門医の報告では治療開始から4ヶ月で毛が生え揃ったケースもありますが、一方で発毛まで1年以上かかったり再発を繰り返すケースもあり、個体差が大きいとされています。飼い主様には「焦らず気長に治療を続けましょう」とお伝えすることが大切です。

このような中で、低侵襲で副作用の少ない新たなアプローチとして注目されているのが**低出力レーザー治療(LLLT)**です。以下では、このLLLTについて詳しく解説し、アロペシアXへの応用例や効果について紹介します。

低出力レーザー治療(LLLT)とは?

低出力レーザー治療(Low-Level Laser Therapy: LLLT)は、別名光線力学療法光生物調節(Photobiomodulation: PBM)とも呼ばれる治療法です。出力の弱いレーザー光やLED光を患部に照射し、組織の修復や細胞の活性化を促す目的で用いられます。元々は人の医療分野で、創傷治癒の促進や疼痛緩和、炎症抑制などに幅広く使われてきました。皮膚科領域では抜け毛治療(育毛)にも応用されており、例えば男性型脱毛症(AGA)や円形脱毛症の治療ガイドラインでもLLLTが選択肢の一つとして挙げられています。レーザーというと強力で熱いイメージがありますが、LLLTで使われる光はごく弱い出力であり、痛みや熱感はほとんどありません。そのため副作用が非常に少なく、安全に繰り返し施行できるのが利点です。

LLLTで主に使用される光の波長は赤色光~近赤外光(だいたい600~900nmの範囲)です。赤~赤外の光は皮膚・皮下組織によく浸透し、細胞レベルでの反応を引き起こします。機器によっては複数の波長を同時に照射できるものもあり、例えばある獣医科用レーザー装置では650nm(赤色)、810nm・915nm(近赤外)の3波長を組み合わせて出力することで、短時間で効果的な治療が可能とされています。実際、アロペシアXの研究で使われた装置では470nm(青色)、685nm(赤色)、830nm(赤外)の3種のレーザーを同時に照射していた例もあります。

LLLTの作用メカニズム(なぜ毛が生えるのか)

では、なぜ光を当てると毛が生えるのでしょうか?LLLTの作用メカニズムは完全には解明されていませんが、現在わかっていることを簡単に説明します。

レーザーやLEDの光子が細胞に吸収されると、細胞内のミトコンドリア(エネルギー産生組織)が刺激を受けます。特にミトコンドリア内のシトクロムcオキシダーゼという酵素が光エネルギーを吸収すると、細胞のATP(エネルギー分子)産生が増加することが知られています。ATPが増えることで細胞の代謝が活発になり、毛母細胞など毛を作る細胞の増殖が促進されます。また同時に、光照射により一酸化窒素(NO)が放出されて血管拡張が起こり、局所の血流が改善します。血行が良くなることで毛包への栄養供給が増し、毛の成長を助ける環境が整います。

さらにLLLTは細胞内でわずかな活性酸素(ROS)を発生させ、それがシグナルとなって各種の成長因子やサイトカインの産生を誘導します。具体的には血管内皮増殖因子(VEGF)や塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)といった毛細血管の新生や毛包細胞の増殖を促す物質の発現が増加することが報告されています。これらの作用により、休止期に停滞していた毛包が再び成長期へ移行し、新たな毛の発生が促されると考えられます。

簡単にまとめると、LLLTは「細胞のエネルギーを増やし、血行を良くし、成長因子を活性化することで毛が生えるスイッチを押す」イメージです。痛みもなく体にも優しいため、人でも動物でも「毛を生やしたい」場面で注目されているのです。

獣医療におけるLLLTの活用例(アロペシアXへの応用)

LLLTは近年、動物の診療にも取り入れられ始めています。皮膚科分野ではアロペシアXに対する応用例が少しずつ報告されており、まだ症例数は多くありませんが有望な治療法として期待されています。

実際、日本国内でも皮膚科専門の動物病院においてアロペシアXの治療にLLLTを導入し、発毛効果を確認したケースがあります。東京のある動物皮膚科センターでは、半導体レーザー治療器をアロペシアX向けに特別プログラムして照射を行ったところ、治療開始から間もない時期から明らかな発毛が認められ、日を追うごとに毛の密度が増しているとの報告があります。飼い主さんも驚くほど毛が生えてきたため、現在も継続照射中とのことです。

また、海外では少数例ながら科学的な検証も行われています。あるパイロット研究では、アロペシアXを含む非炎症性の脱毛症に悩む7頭の犬に対し、2ヶ月間にわたり週2回のLLLT治療を行いました。すると7頭中6頭で被毛が大きく改善し、残る1頭も多少の改善が見られたと報告されています。治療後に皮膚生検を実施した犬では、毛包の密度が untreated 部位に比べ増加し、毛包の大部分が有毛の状態に移行していたことも確認されました。これはLLLTにより休止期だった毛包が成長期へと復帰し、新たな毛の産生が始まったことを裏付けています。

この研究では特に副作用も報告されておらず、安全に有効性が示唆されたことから、著者らは「LLLTは犬の非炎症性脱毛症に対して有望な治療になりうる」と結論づけています。もっとも症例数が少ないため、この分野ではさらなる大規模研究が望まれている段階です。最近ではカナダのグループがアロペシアXの犬60頭を対象に、メラトニン単独 vs. LLLT単独 vs. 両者併用の効果を比較するランダム化二重盲検試験を計画しており、客観的な毛量評価スケールを用いて効果判定を行う研究が進められています。このような試みから、いずれLLLTの有効性が科学的に確立され、標準的な治療プロトコルが整備されることが期待されています。

LLLTによる治療プロトコル(照射方法)

実際にどのようにレーザーを当てるのか? 飼い主の皆様にとっては気になるポイントだと思います。LLLT治療のプロトコルは使用する装置や症例によって多少異なりますが、共通する点をご説明します。

まずレーザーの波長は前述のように赤色〜近赤外が使われます。例えば海外の研究では660nmの半導体レーザーを用い、患部の皮膚に直接プローブを当てて照射しています。照射方法は、一箇所にまとめて当てるのではなく、脱毛しているエリアをいくつかのポイントに分割し点状に順番に照射していく形です。1回のセッションは数分〜10分程度で完了します。照射中はレーザー光が犬や人の目に入らないよう保護ゴーグルを装着し、安全に配慮します。

治療頻度は週に1〜2回が基本です。例えば先述の研究では週2回の照射を3ヶ月間続けて効果を評価しています。臨床現場でも、概ね週1〜2回ペースで数ヶ月間継続するケースが多いです。照射自体は痛みもなく犬にストレスを与えませんので、通院の負担さえ大きくなければ比較的続けやすい治療と言えます。

使用する機器について補足すると、動物病院で使われるレーザー治療器は出力クラスIV程度の医療用レーザーが多く、高性能ですが適切な設定で安全な低出力パルスを照射できます。日本のあるメーカー製「H1」という獣医科向け半導体レーザー装置では、最大20Wまで出力可能ですがプログラム次第でごく低出力のパルス照射に設定でき、アロペシアX用の特別プログラムが組まれている例もあります。当院でもアロペシアX用に出力をプログラムしています。

LLLT治療の効果と限界

飼い主として一番知りたいのは「本当に毛が生えてくるのか?」という点でしょう。LLLTは前述の通り一定の発毛効果が期待できるものの、万能の魔法ではありません。現時点で分かっている効果と限界について整理します。

発毛効果について: 既に紹介したケースでは、LLLTの照射によって数週間〜数ヶ月で明らかな毛の再生が確認されています。特に毛包が完全に死滅していない(休止状態で残っている)場合には、光刺激で活動が再開しやすいと考えられます。実際、あるパイロット研究ではほぼ全ての症例で肉眼的に被毛が増加し、写真比較でも改善が評価されています。飼い主様が「もう生えないかも…」と半ば諦めていた子で発毛が見られたケースもあり、美容的な満足度は高いようです。

個体差と限界: 一方で、全ての症例で劇的な効果が出るわけではないことも事実です。中には数ヶ月治療しても変化が乏しいケースや、治療中はいったん生えても中止すると再び脱毛してしまうケース(再発)もあります。アロペシアXそのものが持続性の疾患であるため、治療をやめれば毛周期が再び止まってしまう可能性があります。また個体によって毛包の残存具合やホルモン感受性が異なるため、反応には大きなばらつきがあります。ある専門医は「本疾患は治療に対する反応の個体差が大きい」と述べており、実際に治療開始から発毛まで1年以上かかった子もいると報告しています。

併用療法の有用性: LLLTは単独でも効果がありますが、他の治療との併用で相乗効果が期待できます。例えば前述のようにメラトニンとの併用を検証する研究が進行中であり、現場でもサプリメントや内服薬と組み合わせて総合的にアプローチしているケースが多いです。安全性が高いLLLTは他の療法の邪魔をしませんので、「飲み薬+レーザー」「サプリ+レーザー」といった形で総合的に毛を生やす作戦を立てることができます。

総じて、LLLTはアロペシアXの毛を生やす有力な手段の一つですが、完全に元通りのフサフサに治すことを保証できるものではありません。効果には個体差があり、時間もかかるため、根気強く続けること過度な期待を持ちすぎないことが大切です。しかし副作用がほぼなく他の治療とも両立できる点で、一度試してみる価値のある選択肢と言えるでしょう。

考えられるリスクと副作用

飼い主の皆様がLLLTについて安心できるポイントは、その副作用の少なさです。低出力レーザーは細胞活性化を狙った弱い光のため、熱傷(やけど)や痛みを生じることはありません。実際、照射中のワンちゃんはリラックスしており、嫌がる様子もほとんどありません。「レーザーを当てる」と聞くと身構えるかもしれませんが、動物にとってストレスフリーな治療なのです。

報告されている副作用としては、ごく軽度の皮膚の乾燥や一過性の発赤が稀に見られる程度です。人のAGA治療のデータでも、照射部位の皮膚乾燥が5%前後、かゆみが2%程度に認められたのみで、重篤な副作用はありませんでした。照射後に軽いほてりやピリピリ感を感じる場合もあるようですが、時間とともに治まる一時的な反応です。いずれも日常生活に支障をきたすようなものではなく、医薬品のような全身的副作用も報告されていません。

注意点として挙げられるのは、レーザー光から目を守ることです。レーザー光線そのものを直接目で見ると網膜にダメージを与える恐れがあります。そのため照射中はワンちゃんにもアイシールドやゴーグルで目を保護します。安全対策をきちんと行えば特に危険はありませんので、ご安心ください。

まとめると、LLLTは非常に安全性の高い治療です。妊娠中の犬や高齢犬でも施術できますし、内臓への負担もありません。「副作用がほとんどなく、痛みもない」という点は、飼い主様にとってもワンちゃんにとっても大きなメリットと言えるでしょう。

ポイントまとめ

最後に、アロペシアXとその治療(特にLLLT)について、飼い主さんに知っておいていただきたいポイントをまとめます。

  • アロペシアX自体は命に関わる病気ではありません。 見た目はびっくりしますが、ワンちゃんは痒みも痛みもなく元気です。まずはご安心ください。
  • 毛が生えてくる可能性はあります! 完全に治す決め手は無いものの、メラトニンの内服やLLLT照射など、副作用の少ない方法で発毛が見られたケースが多く報告されています。
  • 治療は根気が大事です。 毛が生えるまでの期間や効果の程度には個体差があり、数ヶ月以上のスパンで考える必要があります。途中で諦めず、獣医師と相談しながら気長に続けましょう。
  • 安全第一:LLLTは痛くありません。 ワンちゃんにとって苦痛の少ない治療法なのでご安心ください。照射中におとなしくしていられるか心配かもしれませんが、大抵の子はリラックスしています。
  • 日々のケアも忘れずに。 脱毛部分の皮膚は紫外線や乾燥の影響を受けやすいので、日光の強い日は洋服を着せたり、保湿剤を使うなど皮膚を守ってあげましょう。毛が無い分寒さも感じやすいので、防寒対策もお願いします。

飼い主様のお力添えと獣医療の協力で、少しでも早くふわふわの毛が戻ってくるようサポートしていきます。疑問や不安があれば遠慮なくご相談ください。