こんにちは。東京動物皮膚科センターの馬場です。
今回は皮膚リンパ腫についてです。昨年は皮膚リンパ腫について私が書いた論文が海外の雑誌に掲載され、今年は5月に皮膚リンパ腫についてアメリカの皮膚科学会で発表することが決まっています。
当院では比較的皮膚リンパ腫の症例が多く、経験もありますが一般的には皮膚科の中でも珍しい病気とされています。
皮膚リンパ腫は、犬の皮膚病の中では決して多くないものの、予後(その後の経過)に大きく関わる重要な病気のひとつです。
見た目は湿疹やアレルギー、感染症に似ていることも多く、「よくある皮膚病」として治療を続けているうちに、実は皮膚リンパ腫だった、というケースも少なくありません。
このコラムでは、医学的に研究が進んでいる「人の皮膚リンパ腫」を手がかりにしながら、
犬の皮膚リンパ腫がどのような病気なのか、なぜ診断が難しいのか、そして治療では何を大切にするのかを、できるだけ分かりやすく解説します。
皮膚リンパ腫とはどんな病気?
リンパ腫とは、白血球のうちのリンパ球という免疫細胞が腫瘍化する病気です。(もともと血液のガンです)
皮膚リンパ腫では、このリンパ球が皮膚を主な居場所として増えていくのが特徴です。
人の皮膚リンパ腫は、
- もともと皮膚にだけ発生する「原発性皮膚リンパ腫」
- 体の別の場所のリンパ腫が皮膚に広がった「続発性皮膚リンパ腫」
に分けられます。
このうち、皮膚科診療で問題になるのは原発性皮膚リンパ腫です。
日本では、人の原発性皮膚リンパ腫の約90%がT細胞由来で、
その代表が菌状息肉症(きんじょうそくにくしょう)です。
なぜリンパ腫の細胞は皮膚に集まるの?
少し不思議に思われるかもしれませんが、
皮膚リンパ腫の細胞は、もともと「皮膚に集まりやすい性質」を持つリンパ球が変化したものだと考えられています。
人の皮膚には、
- 血液やリンパ節を行き来するリンパ球
- 皮膚に長くとどまって見張り役をしているリンパ球
など、役割の異なる免疫細胞が存在しています。
菌状息肉症では、皮膚に長く居座るタイプのリンパ球が腫瘍化すると考えられており、
そのため長期間、皮膚だけに症状が出続けるという特徴があります。
一方、進行した人の皮膚リンパ腫では、
血液やリンパ節にも広がり、全身の病気として振る舞うことがあります。
犬の皮膚リンパ腫の特徴
犬の皮膚リンパ腫は、犬のリンパ腫全体の数%程度といわれています。
犬では特に重要なのが、
- 表皮(皮膚の表面)に入り込むタイプ(上皮向性)
- 皮膚の深いところを中心に広がるタイプ(非上皮向性)
という分け方です。
この違いは、症状の出方・治療の考え方・予後に強く関係します。
犬の菌状息肉症はどう見える?
犬の皮膚リンパ腫で多いのが、落屑(フケ)を伴う赤い皮膚炎です。
以下のような症状が組み合わさって見られることが多くなります。
- 全身の赤みとフケ
- 強いかゆみ
- 皮膚の盛り上がり(局面・しこり)
- 色が抜けた部分や黒ずんだ部分
- 口唇・鼻・まぶた・肛門まわりのただれ
- びらんや潰瘍




人の菌状息肉症では「斑 → 盛り上がり → しこり」と段階的に進むことが多いのですが、
犬では最初からさまざまな症状が同時に出ることが珍しくありません。
そのため、
- アレルギー性皮膚炎
- 自己免疫性疾患
- 慢性の皮膚感染症
と間違われやすく、診断までに時間がかかる病気でもあります。

治療で大切にしている考え方
人の皮膚リンパ腫では、「治しにいく」よりも「うまく付き合う」という考え方がとても重視されます。
早期の症例では、外用治療や光線療法を中心に、生活の質(QOL)を保つことが最大の目標です。
この考え方は、犬の皮膚リンパ腫でも非常に重要です。
犬の皮膚リンパ腫では、
- 完全に治すことが難しいケースが多い
- かゆみや皮膚の痛みが生活の質を大きく下げる
という特徴があります。
そのため治療の目標は、
「腫瘍をできるだけ抑えながら、つらさを減らして一緒に過ごす時間を延ばす」ことになります。
かゆみを抑えることの大きな意味
近年、犬の皮膚リンパ腫治療で注目されているのが、
かゆみのコントロールです。
- かゆみが強い
→ 舐める・引っかく
→ 皮膚が壊れる
→ 感染や痛みが悪化
という悪循環が起こると、治療そのものが続けられなくなってしまいます。
そのため、
- JAK阻害薬
- 抗IL-31抗体製剤
などを用いてかゆみを抑えることは、
腫瘍そのものへの直接効果とは別に、非常に大きな意味を持ちます。
「治療ができる皮膚の状態を保つ」
これが、皮膚リンパ腫の管理ではとても重要です。
おわりに
皮膚リンパ腫は、
- 診断が難しい
- 見た目が他の皮膚病に似ている
- 治療方針の考え方が一般的なリンパ腫と異なる
という特徴を持つ病気です。
しかし、
正しく診断し、病気の性質を理解したうえで治療を組み立てることで、
その子らしい生活を支えることは十分に可能です。
「なかなか治らない皮膚病」
「治療しているのにどんどん広がる皮膚炎」
そんなときには、皮膚リンパ腫という可能性も念頭に置き、ぜひご相談ください。